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04.29
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今回の地震などを通して個人的に感じた事。
真剣な分、多少言葉に棘があったりするかもしれません。



最近まではネットの方が情報収集としては優れているツールだと
思っていたが、今回の様な大きな災害の発生時は、
混乱に乗じた詐欺・偽の悪意のある情報や、
信憑性の低い情報、特に人を混乱に巻き込みやすい大げさなものの
量の多さと広まり方が異常だった。
結局誤報だったものさえ、何百人がRTをして広めているものもある。
1人1人の情報の取捨選択、正誤判断が出来ていないことを痛感した。
勿論、本人達は悪気があるわけでなく、本気でそれを信じて
回したのであろうが、少し調べれば噓だとわかるものまで
広まっていたので、こういうパニックに陥り易い状態の時、
いかに、1人1人の精神の落ち着きが大事か、
そして実際落ち着けないものなのだと体感した。

言ってしまえば、自分が発信した情報を多くの人にRTされるのが
快感なのか、信憑性が低いままの、人が思わず信じ込んでしまうような
恐怖や焦燥心を煽りやすい情報を呟く人も数多くあった。

そんな情報を1人1人が慌てて流すものだから、TLがRTでごちゃごちゃになり、
情報が氾濫してしまった。
元々、「情報量の多さ」と「情報伝達の速さ」言う点がネットのメリットであると思ったが、
これがかなり裏目に出た。
だから、かえって、新聞社のHPや、テレビの公式の発表の方が信憑性も高く、
そこから判断した方が良かった。
やはり、公に発表しなければいけない分、TLに氾濫する情報に比べ
信憑性が高いし、その発言に責任がある。

ネットだったら「デマでした、すみませんでした。」
の文字だけで済むが、

テレビ等では、もしそれが噓であれば、辞任等
かなり大きな責任を背負っているからである。

なので、テレビ、ネット、どちらのメディアも不可欠なのだと
今回改めて痛感した。最近、テレビが軽視されがちだが、
これを期にメディアについて考え直したい。


また、人々の言動や行動に対して、「不謹慎だ、失礼だ」と非難している方が
多くあったが、悪意のあるデマや詐欺以外は多少は個人個人の偏見や
配慮が欠けてしまってもしょうがないものであると思う。
当事者でない限り、どんなに思いやっても穴ができてしまうだろうし、
大げさに言ってしまえば、知人を銃殺された人にとってはゲームセンターの
ガンシューティングゲームなど恐怖であり見たくもないものであるだろうし、
ご飯を残しただけでも貧困で飢え死にしてしまっている国にとっては
とんでもないことである。

だが、それはしょうがないことなのである。
自分が生きている環境、相手が生きている環境、それは異なる。
相手のことを考えるのは大事な事だが、
そればかりに目を向けていたら、先進国の生活など、
豪華で贅沢すぎて、死んで詫びた方がいいのではと思わなければいけないほどであるだろう。

だから、悪気はない人のその一言一言に敏感になるのではなく、
寧ろ悪意のある言葉に傷つかない心を育むのが重要である。
なぜなら、そういう悪はなくならないからである。
そして、価値観の相違もなくならないからである。
なので、そういったもので傷つかないような精神力を養うのが、
今の人にとっては一番重要な課題であるといえよう。

なにせ、言論の自由が保障されているこの国だか。
だからこそ、誹謗中傷というデメリットも生じてしまう。
自由というのは、責任をもった自由と責任をもたない自由で
責任をもたない自由が、そういった悪を生む。
だが、それに傷ついて、それを根絶したいと思うのであれば、
それは「言論統制」を行わなければならないということだ。

私達は、「言論の自由」を守るべきためにも
悪意のある言葉に傷つかない心をもつべきである。
そして、そういった言葉に傷つかないよう、
心に傷を持った方を支え、支えあって生きていけたらと思う。

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